アルツハイマー病の治療法確立を目指す「J―ADNI(アドニ)」は、巨額予算が動く国家プロジェクトだ。厚生労働省は研究データが改ざんされたという内部告発メールを研究チームの責任者に転送していた。「疑惑をもみ消そうとした」との疑念を招いている。▼1面参照
「国家プロジェクトで改ざん問題があったら、大変なことです」。厚労省認知症・虐待防止対策推進室の勝又浜子室長は、朝日新聞から疑惑を指摘された今月4日、身を硬くした。勝又室長はこの時、部下の担当専門官が1カ月半前に改ざんを告発するメールを受け、研究チーム代表の岩坪威東大教授に転送したことをまだ知らなかった。
専門官は「研究班で対応していただきたい」と書き添え、調査対象者であるはずの岩坪教授に対応を一任していた。岩坪教授はアルツハイマー病研究の第一人者として著名な医師だ。専門官も医師で、「岩坪先生は雲の上の存在。技官になる前は口をきく機会もなかった」と言う。補助金の支出先を監視するのが行政の役割なのに、同じ医師の世界で遠慮やなれ合いがあったとの指摘もある。
勝又室長は朝日新聞の取材を受けた後、岩坪教授にただちに報告した。一方で取材には「岩坪教授と告発者の関係がうまくいっていなかった」と説明。研究チーム内の人間関係の問題にすり替え、疑惑解明に後ろ向きな姿勢を見せている。
勝又室長から4日に連絡を受けた後、岩坪教授の動きは速かった。内部告発でデータ書き換えを指摘された京都府立医大に自ら連絡。2日後の6日に「誤記を後で直しただけで問題はなかった」と結論づけ、厚労省に報告した。
京都府立医大の件は2009年8月の検査記録について、2カ月半後にJ―ADNI事務局側から「(国際的な検査手順に合うように)検査時間を修正して下さい」と指示されて直したものだ。同医大の医師は取材に「担当者に確たる記憶はない。『私が間違えたのだと思って直した覚えがある。あれがこのケースかな』という程度で当時の記録はない」と答え、あやふやな記憶で岩坪教授に回答したと認めた。
岩坪教授は今月8日に取材に応じ、京都府立医大の件について「自主調査し、問題はなかった」と明言した。ところが、告発メールでは指摘されていなかった症状を実際より軽く記録する別の改ざん疑惑を指摘すると、「知らなかった。指摘通りなら間違った行為だ」と答えた。
朝日新聞が改ざん疑惑を報じた10日、岩坪教授は報道機関に厚労省から聞いた告発者名を明かし、「妄想チックになる激しい人」などと伝えた。研究者からの問い合わせにも改ざんを否定した上、告発者名を挙げて「人間関係をもっと作り上げておけばよかった」などと釈明した。
■外部の検証求める声
朝日新聞は10日に改ざん疑惑を報じた後、内部告発情報漏洩(ろうえい)の経緯について厚労省に取材を重ねるとともに、昨年11月に内部告発を受けながら調査してこなかった厚労省が実態解明できるのかという疑問も示してきた。田村憲久厚労相は17日の記者会見で「第三者的な立場から公平な調査をするべきだ」と述べ、岩坪教授が所属する東大に当面の調査を依頼したと明らかにした。
厚労省が疑惑解明に消極的な背景には、J―ADNIには新年度も5億円の国費が入ることがある。研究チームのメンバーは「研究チームの外部に検証委員会を立ち上げなければ真相解明は無理」と指摘する。一方、調査を任された東大関係者は「厚労省が調べると思っていた。他大学の研究者を調査する権限がどこまであるのかわからない」と困惑しており、調査は難航しそうだ。(青木美希、渡辺周)
◆キーワード
<内部告発者保護> 内部告発者への報復を禁じる公益通報者保護法は06年に施行された。不正を告発しやすくし、公益を守るのが理念。厚労省は08年に内部告発をした自治労共済職員の名を自治労側に伝える問題を起こし、職員4人を処分した。告発者は国家賠償を求め提訴し、係争中だ。
■J―ADNIの内部告発を巡る情報漏洩の経緯
<2013年>
11月18日 内部告発者から厚労省の専門官に告発メールが届く
19日 厚労省の専門官から告発者名が入った告発メールの文面が岩坪教授に渡る
<2014年>
1月4日 朝日新聞が厚労省に改ざん疑惑を指摘
6日 厚労省が岩坪教授から聞き取り
8日 岩坪教授がプロジェクト研究者に「万事収束に向かいます」とメールで報告
10日 データの改ざん疑惑を朝日新聞が報道
〃 研究者らからの問い合わせに岩坪教授が告発者名を伝える
12日 岩坪教授がプロジェクト外の研究者にも「グループ内の一人の不満や極端な話」と釈明メールを送信
朝日新聞 2014.1.18
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告発しても人権が守られないと非常にまずいです。
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