医薬スキャンダル:バルサルタン・ショック ツケ、国民医療費に ゆがんだ「薬とカネ」(その2止)
毎日新聞 2014年06月02日 東京朝刊
◇改ざんデータ、販促利用
ノ社は5大学の論文を計495種類の宣伝資材に使って売り上げを伸ばし、バルサルタンは累計1兆円を超すノ社の基幹製品となった。論文は学会の診療ガイドラインにも引用され、医師の処方に影響を与えた。国民はこれを保険料の形で間接的に負担してきた。「データ操作された論文に基づく広告は結果的に誇大広告に該当する恐れがある」。厚労省の検討委は2013年9月末にまとめた中間報告でこう指摘した。
<D これを受け、厚生労働省は今年1月9日に薬事法違反容疑でノ社を東京地検に刑事告発する。>
臨床試験と広告とは密接に連動していた。
05年11月、米国南部ダラスにある高級ホテルで、バルサルタンの臨床試験の会合が開かれた。ある関係 者は「マーケティング担当のノバルティスファーマ社員の姿もあった」と証言する。慈恵医大の試験の途中経過が報告され、会合が終わるとノ社の広告記事に載 せる座談会が行われたという。なぜ米国なのか。この関係者が説明する。「米心臓協会の学会開催に合わせた。先生(医師)方が一斉に集う学会の場を利用して 広告向けの座談会を開くのは慣習のようなものだ」
「バルサルタンは他の降圧剤と比べ、脳卒中を発症した人が4割少なかった」という慈恵医大の成果が、外 部に初めて公表されるのは06年9月。スペインの国際学会の場でだった。しかし、医療専門誌「日経メディカル」誌上では、この学会の約2カ月前から成果を 「予告」するノ社の広告が連続して掲載されていた。
論文となって発表されるのはさらに遅く、07年4月の英医学誌ランセット誌上だ。慈恵医大によると、この論文に使われた図表類を作成したのは、統計解析を担った社員だという。
ランセットは世界で最も権威ある医学誌の一つだ。当時ノ社に勤めていた男性は「降圧剤を巡る業界の競争は激しい。一流誌ランセットの論文があったから他社をリードできた」と言う。
だがそう単純ではない。バルサルタンの広告代理業務を担ったのは、ランセットを発行する出版社の日本支社だった。ここには隠れた利権が存在していた。
論文の著作権は出版社にある。このためノ社に限らず、製薬会社は自社の薬に有利な臨床試験の論文が出ると、医師に配るため論文の別刷りを大量に発注する。製薬会社がスポンサーになった臨床試験の論文は出版社にとって「金づる」というわけだ。
ノ社はバルサルタン論文の別刷りの購入部数を明かさないが、英国では1本の医学論文の別刷りが出版社に 2億円以上の収入をもたらした事例も報告されている。製薬72社の公表資料を毎日新聞が集計したところ、論文の別刷りなど医師に渡す「医学・薬学の関連文 献」に、12年度だけで200億円以上が製薬会社から支出されていた。
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■医薬品広告の規制
バルサルタン疑惑の厚生労働省の有識者検討委員会は今年3月末「欧米の事例も参考にしつつ、広告の適正 化策を検討すべきだ」と指摘した。これを受けて厚労省は、医師の処方が必要ない一般用も対象に、医薬品広告の規制見直しに向けた研究班を作り、検討に着手 している。一部学会では、幹部に対して特定の製品の宣伝につながる講演会などの自粛を求める動きも出ている。
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◇ノバルティス社、大きな代償−−日本社会の怒り買い
今年4月2日。ノ社スイス本社のデビッド・エプスタイン社長は、東京大医科学研究所の一室で上昌広特任 教授と向き合っていた。医師でもある上氏はメディアを通じて一連の疑惑を批判し続けている。面会を希望したのはノ社側だった。「データ操作された論文で得 た不当な利益をどう日本国民に返すのか。(決めたら)社会に伝えるべきだ」。上氏の提案に、エプスタイン社長は「できるものならぜひやりたい」と応じたと いう。上氏は「ウミを出し切らなければならない、と伝えた。相当困っている印象だった」。
ノ社は昨年来、日本社会の怒りを過小評価し、自ら傷口を広げてきたように見える。13年6月3日付で医 療機関などに向け配った文書の宛先は「お得意先様各位」。「日本の臨床研究の信用性を揺るがしかねない」と謝罪しながらも、有効性や安全性には問題がない ことを強調する内容だった。都内のある医師は「当事者意識が感じられない」とあきれた。医療現場からの不信は薬の処方中止となって表れた。
患者への「おわび」を表明したのは7月24日。疑惑の表面化から約4カ月がたっていた。ノ社の電話相談窓口には、1週間で7万2000件以上の電話が殺到。以降も毎月100件を超す問い合わせが続いているという。
13年度のバルサルタンの売り上げは前年比16・8%減の約881億円(医療コンサルタントIMS調べ)。期間ごとの前年比は▽13年4〜6月5%減▽7〜9月15・7%減▽10〜12月22%減▽14年1〜3月25・1%減−−と減収幅は拡大してきた。
さらに今年1月、「臨床試験に社員が関与してはならない」との新たな社内ルールを、白血病治療薬の臨床試験を巡って社員が無視していたことが発覚し、再び謝罪に追い込まれた。
<E 世界の製薬業界でトップを走るノバルティス。だが日本での信用は地に落ちている。上特任教授との 面会の翌日、エプスタイン社長は、日本法人幹部3人の更迭を発表した。新役員に日本人の名前は無い。エプスタイン社長は「日本人社員は医師を優先しがち。 海外では患者を優先する傾向がある。日本法人のカルチャーを変えなければいけない」と述べた。>
バルサルタン臨床試験疑惑は、国民の目の届かぬところで「薬とカネ」のゆがんだ構造が作られ、国民の医 療費にはね返っていることを白日の下にさらし、対策の歯車を初めて大きく回した。今、医療・製薬業界では「第二、第三のノバルティスはどこか」とうわささ れる。既にいくつかの薬の研究を巡って問題が表面化し、会社や研究機関が調査を始めている。
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