医薬スキャンダル:バルサルタン・ショック 識者の話
毎日新聞 2014年06月02日 東京朝刊
◇臨床試験推進基金を−−加藤益弘・元アストラゼネカ会長、東大特任教授
今回の問題はノバルティスファーマと関係した研究者に限定した問題ではない。製薬企業、アカデミア(学 界)、医師の間に蓄積されたさまざまな問題が極端なケースとして浮かび上がったと言える。持ちつ持たれつだった関係をどう見直すか。大きなテーマだが、全 てのステークホルダー(利害関係者)が広範に議論しなければいけない。私が勤めた外資系製薬企業では、元々医師に奨学寄付金を支払い、自社の薬のみで臨床試験をしてもらうことは認められない状況だった。世界的な基準では、委託契約を交わした上で試験を実施するか、純粋な寄付かの二択しかない。
薬は社会的な存在だ。特定企業への利益誘導と疑われず、臨床で本当に必要なデータを得るにはどうすれば よいか。製薬企業が協力して臨床試験を推進する基金を創設することを提案したい。製薬業界全体で奨学寄付金は300億円以上ある(2012年度)。これら を基金に拠出し、テーマに優先付けをして配分するイメージだ。利益的な観点から企業が投資しにくい分野を支援する道も開ける。
欧州連合(EU)では政府と製薬業界の資金で、1社では対応できないが、各社共通のニーズがある基礎研究を進める取り組みがある。積極的に問題を解決する覚悟があれば実現可能だ。
臨床試験を国際的基準(ICH−GCP)で実施する規制も必要だ。規制が強化されると臨床試験が進まな くなるという反論がある。行き過ぎた規制は避けるべきだが、質が担保されない研究に薬の処方が左右されることがあってはならない。患者の視点に立てば、数 が減ろうと質が高い試験が増えれば良い。
業界が大きな批判にさらされている今、この機会に議論し、前に進めることに意味がある。
◇健全化図り信頼回復を−−曽根三郎・日本医学会利益相反委員長、徳島大名誉教授
産学連携による医薬品の研究・開発には企業から医師への金銭提供が問題となりやすい。私も参加した文部 科学省検討班が、利益相反に関する指針を2006年に初めて提案した。その趣旨は、臨床試験で関係企業から提供された金を全て開示し、疑義があれば説明責 任を果たすことだった。その後学会にも動きが広がったが、残念ながら医師個人の関心は低かった。欧米と比べ15年近く遅れた印象だが、バルサルタン疑惑に よってこの1年で急速に関心が高まった。一つの病気に同じ効き目の薬が多く市販されると、根拠に基づく医療(EBM)を重視する臨床の場では、 どう適正に使うべきかを探る大規模比較臨床試験が必要となる。国内ではこれを医師が企画する体裁で実施するが、今回の問題では、臨床試験に未熟な医師が明 確な医学的課題を持たずに行った点に最初の問題がある。企業は新薬の販売促進と結び付けて、不透明な形で多額の寄付金を提供しただけでなく、社員が大学の 肩書で統計解析にまで深く関わり、自社の薬に有利なEBMで暴利をむさぼった。防げなかったのは製薬業界全体の責任だ。
医療機関側の責任も大きく、臨床試験に対する組織的な管理ができておらず、説明責任も果たせなかった。これは多くの医療機関が共通して抱える問題でもある。
一連の疑惑は倫理の問題を超え、医師主導臨床試験の構造的な問題を浮き彫りにした。きっかけを作った良 識ある医師、関係学会、報道の役割は実に大きい。人材育成、公的な研究費支援、管理運営の体制の見直しにより、EBMに必要な大規模臨床試験をどうすれば 健全化できるかは喫緊の課題であり、その試みが国際的信頼回復にもつながるものと強調したい。
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