クローズアップ2013:バルサルタン臨床試験疑惑 責任追及に課題多く 有識者検討委、調査に強制力なし
毎日新聞 2013年08月10日 東京朝刊
降圧剤バルサルタン(商品名ディオバン)の臨床試験疑惑で、厚生労働相直轄で設置された有識者の検討委員会がスタートした。広がりを見せるデータ不 正操作の真相に迫ることが求められるが、厚労省内部からは強制力のない調査の難しさを懸念する声も漏れる。社員が深く関わり、信頼性が否定された試験論文 を宣伝の目玉にしてきた製薬会社ノバルティスファーマ(東京)の責任を問えるのかも焦点だ。【桐野耕一、八田浩輔、河内敏康】
「誰が、どのような意図で、何のためにこのようなことが起きたのか、調べていただきたい」。東京・霞が関の厚労省で始まった検討委員会。田村憲久厚労相は、語気を強めてあいさつした。
続いて、臨床試験にノ社の社員(5月に退職)が関与した5大学が、調査の経過を報告。滋賀医大の服部隆 則・副学長は「元社員の部下も関与していた」と明らかにした上で、「データには初歩的なミスが多く、論文内容と一致しない部分も出ている」と述べ、論文の 信頼性に疑問を呈した。千葉大も、カルテと論文の作成に使われたデータとの間で血圧値などの不一致が見られたことを報告した。
大臣直轄の委員会は、年金問題で信用を失った社会保険庁の組織改革など、厚労行政にかかわる極めて重大な問題を議論する際に設置されてきた。「臨床試験のデータ操作は想像を絶する事態だ。日本の医療界の信用に関わる」。厚労省の幹部は危機感を隠さない。
新薬の製造・販売を承認するための「治験」には、データの保存義務など薬事法に基づく厳格な規制があ り、違反すれば罰則が科されることもある。だが、今回のような治験以外の臨床研究については、強制力のない倫理指針があるだけで、「野放し」だったのが実 態だ。規制強化は研究者の自由を奪うと懸念する声もあるが、同省幹部は「カルテやデータのチェックなど不正ができない仕組みを取り入れる必要がある」と指 摘する。
だが、規制以前の課題もある。万全の再発防止策を講じるには、真相解明が不可欠だが、委員会には法律に基づく強制的な調査権限はない。別の幹部は「関係者に正直に証言してくださいとお願いするしかない。真相に肉薄したいが、限界もある」と明かす。
委員会でもこの点が議論の対象となった。森嶌昭夫委員長が「嫌だという人を強制的に聞き取りできない」 と言及すると、別の委員から「どう考えても元社員や論文の著者の聞き取りが必要だ」「大学とノ社の報告に矛盾もある。同じ場で聞き取りをしたい」との意見 が出た。こうした声を受け、委員会は聞き取りに応じるよう元社員らに求める方向だ。
ノ社はデータ操作された論文を宣伝に使い、昨年度は約1083億円を売り上げた。省内には「社会的に決して許されない」との声がある。ただし、幹部 は「仮に刑事告発するとしても、現状ではどの法律に違反しているのか、はっきりしない。違法行為が濃厚にならないと簡単には動けない」と苦渋の表情で語っ た。
◇元社員の関与に濃淡
臨床試験は、東京慈恵会医大、京都府立医大、滋賀医大、千葉大、名古屋大で行われ、ノ社の同じ社員(5月に退職)が参加した。慈恵医大と府立医大の試験は、バルサルタンには他の降圧剤よりも脳卒中や狭心症などの発症を抑える効果があると結論付けた。だが、各大学の調査で血圧に関するデータの操作が発覚。さらに府立医大では、虚偽の脳卒中の記述をデータに加えるなどの別の不正操作も見つかった。
元社員は両試験で統計解析や図表類の作製などをしていたほか、研究チームの会議の事務作業も引き受けていた。慈恵医大は元社員が不正操作したと疑い、府立医大は「データ操作できる可能性があったのは、元社員と数人の研究者に限られる」との見解だ。
ノ社側の調査では、元社員の5大学への関わり方には濃淡がみられる。
滋賀医大の試験は、バルサルタンには、他の降圧剤より腎臓を保護する効果が高いと結論付けた。元社員と共に部下も関わり、部下が患者データ管理や統計解析をした。部下は2007年に論文が発表される直前にノ社を辞め、滋賀医大の大学院生になったという。
名古屋大の試験では、バルサルタンに心不全の予防効果を認めた。社内調査は「統計の手法の相談に応じたが、実際の解析は(大学の)医局員がした」とするが、ノ社が委託した第三者機関の調査は、元社員が統計解析した可能性を示唆しており、食い違っている。
千葉大の試験では、心臓と腎臓を守る効果は認めたが、脳卒中などの予防効果はみられなかった。ノ社は、元社員について「研究者の一人と確執が生じたため、他の研究者らとほとんど接触がなかったと考えられる」と指摘。統計解析も「助言」にとどまっていたとしている。
◇ノ社宣伝関係の出版社編集委員が検討委員に 人選に疑問の声
降圧剤バルサルタンの臨床試験疑惑を巡る厚生労働省の検討委員会(12人)で、日経BP社の宮田満・特 命編集委員が委員に就任した。同社発行の医療専門誌「日経メディカル」は、製薬会社ノバルティスファーマが10年間以上、バルサルタンの宣伝記事や広告を 集中的に出した媒体で、厚労省の人選に他の委員から疑問の声が上がっている。関係者によると、日経BP社は2000年11月にバルサルタンが発売される前から、ノ社によるプロモーション戦略に参画。ノ社の社内資料によると、 バルサルタンの広告は「日経メディカル」ともう一つの別の業界紙に集中し、東京慈恵会医大や京都府立医大の臨床試験の経過や成果を、大きく紹介してきた。 疑惑の表面化後、日経メディカルなどでの一連の宣伝の過剰さを批判する声があり、ノ社は7月29日の記者会見で「真摯(しんし)に反省している」と謝罪し た。
ある委員は「委員会の信頼性が疑われかねない」と懸念するが、日経BP社は「専門知識を買われ就任した。当社としても今回の問題については検証報道を続けており、就任に問題はないと認識している」とコメントしている。【八田浩輔】
==============
◇臨床試験疑惑に関する厚生労働省の検討委員
稲垣治 ・日本製薬工業協会医薬品評価委員長桑島巌 ・NPO法人臨床研究適正評価教育機構理事長
曽根三郎・日本医学会利益相反委員長
竹内正弘・北里大教授
田島優子・弁護士
田代志門・昭和大講師
花井十伍・全国薬害被害者団体連絡協議会代表世話人
藤原康弘・国立がん研究センター企画戦略局長
宮田満 ・日経BP社特命編集委員
森下典子・国立病院機構大阪医療センター臨床研究推進室長
◎森嶌昭夫・名古屋大名誉教授
山本正幸・公益財団法人かずさDNA研究所長
◎は委員長
==============
■ことば
◇バルサルタン臨床試験疑惑
ノバルティスファーマの降圧剤バルサルタンに血圧を下げるだけでなく、脳卒中予防などの効果もあるかを 調べた5大学の臨床試験に、ノ社の社員が参加していたことが3月末に発覚した。論文上の社員の所属は、非常勤講師を務めていた「大阪市立大」などとされ、 社員の関与は外部から分からなくなっていた。ノ社が薬の宣伝に利用した東京慈恵会医大、京都府立医大の論文でデータ操作が見つかった。写し1、写し2、写し3
--
きちんと調査してほしいです。
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。